クラシック音楽、歴史上作曲家アーティスト別
試聴CDファイル

無料ファイル

入口  >  リスト  > モーツァルト

モーツァルト フィガロの結婚 ワルター ウィーン・フィル

■モーツァルト フィガロの結婚

スタービレ(アルマヴィーヴァ伯爵)
ラウタワーラ(同伯爵夫人)
ピンツァ(フィガロ)
レティ(スザンナ)
ノヴォトナ(ケルビーノ)

ワルター ウィーン・フィル 37年

第1幕1  第1幕2  第1幕3  第1幕4  第1幕5
第1幕6  第1幕7  第1幕8  第1幕9  第1幕10

第2幕1  第2幕2  第2幕3  第2幕4  第2幕5  第2幕6

第3幕1  第3幕2  第3幕3  第3幕4
第3幕5  第3幕6  第3幕7  第3幕8

第4幕1  第4幕2  第4幕3  第4幕4

ザルツブルグ音楽祭におけるブルーノ・ワルターによる貴重なライブ録音。ワルターは多くの録音をアメリカに渡ってから、特に彼のために作られたコロンビア響と録れ、この中にはオペラ全曲録音がなかったから、オペラ指揮者としての印象は薄くなりがちだ。しかし、20世紀の初めには、ウィーン宮廷歌劇場でグスタフ・マーラーと共に活動し、それ以降もウィーンで最も人気のあるオペラ指揮者として開戦の間際まで活躍していたので、むしろオペラ指揮者と見るのがどちらかというと正しく、そのことを考えるとワルターの正規録音がないというのは、非常に寂しい状況といわざるを得ない。マーラー自身の録音が全くないので、その直系のオペラ演奏芸術に接する意味でも重要で、そういう背景もあって、こんな音の悪い録音でも貴重なのである。ザルツブルグ祝祭大劇場のライブは、よく録音されているとはいえ、大概、音は悪い。50年代ぐらいのものでも、これよりはましだが決して良くはない。とりあえず、ぼやいてもしょうがないので、演奏の方に注目してみよう。スピーディな展開に耳を凝らしてよく聴いてみる。オーケストラはウィーン・フィルだから上手いのはわかっているが、それにしても上手すぎないだろうか。すごいテクニックだ。表現の細やかさが、このスピードの中にも全く失われていないのである。だから、急いでる感じがしない。すべてのニュアンスが自然で、まるで十分に作品を理解しているであろう作曲者が演奏しているようにさえ聞こえる。これがマーラー直系の演奏なのだろうか。非常に美しい。もし音が良かったら、間違いなく最高の名盤になっていただろうと思われる名演である。とはいえ音が悪いのは確かなので、集中力を高める意味で、夜中に部屋の電気を消して、我慢して?聴いてみよう。そうしたら歴史の中に失われそうな演奏を掘り起こして聴くような雰囲気も出てくるし、暗いと劇場みたいだから、ふさわしい環境なのかなとも、苦し紛れだが、ふと思えて来るときもあるかもしれない。


モーツァルト フィガロの結婚 E.クライバー ウィーン・フィル

■モーツァルト フィガロの結婚

ペル(アルマヴィーヴァ伯爵)
デラ・カーザ(同伯爵夫人)
シエピ(フィガロ)
ギューデン(スザンナ)
ダンコ(ケルビーノ)

E.クライバー ウィーン・フィル 55年

第1幕1  第1幕2  第1幕3  第1幕4  第1幕5
第1幕6  第1幕7  第1幕8  第1幕9

第2幕1  第2幕2  第2幕3  第2幕4  第2幕5
第2幕6  第2幕7  第2幕8  第2幕9  第2幕10

第3幕1  第3幕2  第3幕3  第3幕4  第3幕5  第3幕6  第3幕7

第4幕1  第4幕2  第4幕3  第4幕4  第4幕5  第4幕6  第4幕7

フィガロの結婚は有名な作品だが、モーツァルトのオペラとしてはもっとも良い仕上がりというわけではない。全体として最高の出来栄えを示すのは、コシ・ファン・トッテでドン・ジョバンニはそれに次ぐぐらいと見て問題ないだろう。それに対して、魔笛とこのフィガロの結婚は、いささか構成にまとまりが欠けており、恐らくそのことが名盤の少ない理由となっているのかもしれない。しかしフィガロの結婚は、本作の存在によって救われた。とりあえず、これを買っておけばいいぐらいにすばらしい演奏だ。エーリッヒ・クライバーはこの作品のあらゆるところから、秘めやかな美しさを引き出すのに成功した。それはウィーンのこの名門オーケストラの力量やソフィエンザールの音響、デッカによる優秀録音によるところも大きいが、それでもやはり黄金時代の歌手たちに注意を向けないわけにはいかない。特にチェザーレ・シエピとヒルデ・ギューデンのコンビは、これ以上考えられない。婚約中の若い男女という設定としては、声と外見の両面で最良であるから、ライブではかなりうけたと思われる。もちろん、本CDは音声だけだから、そのあたりは各自の想像にゆだねなければならない部分が多々あるのは残念だが・・・。さらに、コンテッサにリーザ・デラ・カーザを起用したのは、ある意味もう1つの利点といっていい。本来、シュワルツコップを使いたいという方向に行きがちなところだが、彼女はEMI専属だから呼べない。別にシュワルツコップを否定する意味ではないが、頭を使ってるのがはっきり分かる歌い方だから、こちらも思わず哲学的に思考がさまよわされてしまう。デラ・カーザだとそれがないからいい。一応、勘違いされたくないので敢えていっておくと、シュワルツコップのメリー・ウィドゥ(マタチッチ指揮)は、オペラを聴いたことのない人に一番に勧められる楽しげなすばらしい名盤である。(オペレッタだからオペラではないが・・)